開業初日、電話が鳴らない ─ 集客ゼロからの72時間

三百万円を握りしめて風俗業界に飛び込んだ男が最初に直面したのは、「存在しない店」という現実だった。集客ゼロからの生存戦略を描く。

二〇二二年九月一日。午前十時。

東京・鶯谷のワンルームマンションの一室で、三十四歳の中村拓也は新品のビジネスフォンの前に座っていた。

開業届は出した。風俗営業の届出も済ませた。ホームページは業者に四十万円払って作ってもらった。ポータルサイトの掲載料、月額十八万円の契約も先週サインした。女の子は五人。面接を繰り返して、ようやく揃えた五人だ。

これで、電話が鳴り始める。そう思っていた。

しかし、午前十時から午後三時まで、電話は一度も鳴らなかった。

「なんで鳴らないんだ」

中村がこの業界に足を踏み入れたきっかけは、前職の飲食店経営の破綻だった。コロナ禍で新宿の居酒屋を二店舗潰し、個人で八百万円の借金を抱えた。知人の紹介で都内のデリヘル店でスタッフとして働き始めたのが二〇二一年の春。

一年半、受付と配車をこなしながら、この業界の収益構造を肌で覚えた。売上に対する粗利率は六割を超える。飲食の三割とは比べものにならない。家賃は事務所のワンルームだけ。仕入れもない。「これなら自分でもやれる」と確信したのは、その年の冬だった。

元手は三百万円。内訳はこうだ。事務所の初期費用に四十万円。ホームページ制作に四十万円。ポータルサイトの掲載料三カ月分で五十四万円。備品、広告費の予備、運転資金として残りの百六十六万円。前職の借金は月々三万円ずつ返している。余裕はない。

だからこそ、初日から電話が鳴ることを前提にした資金計画を立てていた。

午後四時、ようやくポータルサイトからの問い合わせが一件入った。

「六十分でお願いしたいんですけど、今から来れる子います?」

中村の手が震えた。記念すべき第一号の客だ。名簿を開いて、出勤予定のキャスト三人に片っ端から電話をかけた。

一人目、出ない。二人目、出ない。三人目の佐伯ちひろ──源氏名「れな」──がようやく電話に出た。

「あ、今日って本当にお客さん来るんですか?」

マネージャーとして一年半働いた経験があっても、自分の店の最初の一本は別物だった。れなに場所を伝え、ドライバーの山田に連絡し、客に折り返して時間を確定させるまでに二十分かかった。前の職場なら五分で終わる段取りだ。

手が震えたまま、中村は受付ノートに書いた。

「九月一日。第一号。六十分コース。16:40 発。」

売上は一万八千円。店の取り分は一万一千円。ここから広告費を引けば、赤字だ。

だが、この日の問題は売上の少なさではなかった。

電話が鳴らない理由を、誰にも聞けない

開業二日目。入電は三件。うち成約は一件。

三日目。入電は二件。成約はゼロ。「エリア外なので」と断られた一件と、料金を聞いて切られた一件。

中村は焦り始めた。ポータルサイトのアクセス解析を開いてみたが、数字の読み方が分からない。PV、CTR、CVRという指標が並んでいるが、前職ではこんなものを見たことがなかった。

元の職場の店長に電話をかけようかと思ったが、やめた。独立するとき「もう関わるな」と言われている。この業界は、辞めた人間に情報を教える文化がない。ノウハウは店の財産であり、それを持ち出されることを経営者は何より嫌う。

中村が知らなかったのは、ポータルサイトにおける「新店」の扱いだった。

大手ポータルサイトでは、新規掲載店は一定期間「新店マーク」が付く。しかしそれは、上位表示を意味しない。むしろ、レビューも実績もない新店は、サイトのアルゴリズム上、既存の人気店の後ろに埋もれる。ユーザーの目に入るのは、早くて掲載から二〜三週間後、レビューが付き始めてからだ。

中村の店のページは、鶯谷エリアの七十二店舗中、六十八番目に表示されていた。スクロールしなければ辿り着けない位置だ。

これに気づいたのは、開業から五日後のことだった。

七十二時間で消えた百万円

最初の三日間で、中村の財布から消えた金額を計算してみる。

ポータルサイト掲載料の日割り分:約六千円×三日=一万八千円。事務所の家賃日割り:約三千円×三日=九千円。ドライバーの山田への日当:一万二千円×三日=三万六千円。電話代、雑費:約五千円。

三日間のランニングコストは約六万八千円。売上は初日の一万八千円のみ。差し引き、約五万円の赤字。

だが本当に痛かったのは、ランニングコストではなかった。

開業前にかけた初期投資三百万円のうち、すでに百三十四万円は使い終わっている。残り百六十六万円の運転資金は、月あたりの固定費──ポータル掲載料十八万円、事務所家賃九万円、ドライバー日当の月額三十六万円、電話・通信費二万円、雑費五万円──を合計すると、月七十万円が何もしなくても消えていく。

つまり、売上がゼロでも二カ月で百四十万円。三カ月目には資金が尽きる。

中村はこのとき初めて、飲食業と風俗業の決定的な違いに気づいた。飲食なら、店を開ければ通行人が一人は入ってくる。しかしデリヘルの客は、すべてネット経由だ。ポータルサイトで見つけてもらえなければ、自分の店は「存在しない」のと同じなのだ。

深夜のファミレスで書いた「集客の設計図」

開業四日目の深夜二時。客が来ないまま事務所を閉め、中村は鶯谷駅前のファミリーレストランに入った。

ノートを開き、前の店で見ていたことを思い出しながら書き始めた。

前の店では、毎日三十件以上の入電があった。なぜか. まず、ポータルサイトの「上位オプション」を使っていた。月額プラス十万円で検索結果の上部に表示される有料枠だ。次に、レビューが百件以上ついていた。客はレビューを読んでから電話をかける。そして、キャストの写真パネルが六十枚以上あった。選択肢の多さが店の信頼感になる。

翻って、自分の店はどうか。上位オプションは使っていない。レビューはゼロ。キャストは五人で、写真パネルは計十二枚。

中村は、ノートにこう書いた。

「電話は待つものじゃない。鳴らすものだ。」

翌朝、中村はポータルサイトの営業担当に電話をかけた。上位オプションの見積もりは月額十二万円。掲載料と合わせて月三十万円になる。手持ちの資金では三カ月しか持たない計算が、二カ月に縮まる。

だが、上位オプションなしでは、そもそも二カ月後に店が存続している可能性も低い。ゼロか、攻めるか。中村は後者を選んだ。

五日目の転機──「写メ日記」という武器

集客を設計し直す中で、中村が前職時代に軽視していたものを思い出した。「写メ日記」だ。

ポータルサイトには、キャストが日常の写真や短い文章を投稿できる「写メ日記」という機能がある。前の店では、これを「暇な子にやらせておく作業」程度にしか考えていなかった。だが、独立して数字を自分で見るようになり、日記を頻繁に更新しているキャストに入電が集中していることに気づいた。

中村はキャスト五人を集めて、開業五日目にミーティングを開いた。

「明日から、出勤の日は最低二回、写メ日記を投稿してほしい。何を書いていいか分からない子は、俺が例文を作るから、それを参考にしてくれ。」

五人のうち、三人は「えー、面倒くさい」という反応だった。残りの二人、れなともう一人の新人キャスト「みく」は、「分かりました」と素直に応じた。

中村は翌日、自分で写メ日記の例文を十パターン書いた。季節の話題、出勤報告、趣味の話、施術へのこだわり。過激な内容は避け、親しみやすさを意識した文面だ。

これが、後に大きな差になる。

一週間後──最初の「指名」

上位オプションが反映されたのは、申し込みから三日後の開業八日目だった。

その日の朝、事務所の電話が鳴った。

「あの、写メ日記見たんですけど、れなさんって今日出勤してますか?」

初めての「指名」だった。

中村は内心で声を上げた。ポータルの掲載順位が上がったことで、アクセス数が前日の三倍になっていた。そして、れなの写メ日記を見て電話をかけてきた客がいた。因果関係が明確だった。

この日の入電は七件. 成約は三件。売上は五万四千円。店の取り分は三万二千四百円。初めて日当分のコストをカバーできた日だった。

中村は受付ノートの隅に、小さく書き加えた。

「集客は仕組み。偶然じゃない。」

二週間目の壁──女の子が来ない

入電は徐々に増え始めた。一日平均十件を超えるようになったのは、開業十二日目からだ。しかし、新たな問題が浮上した。

客の希望する時間帯に、キャストがいない。

五人のキャストのうち、安定して出勤するのはれなとみくの二人だけ。残りの三人は「今日は体調が悪い」「急用が入った」と当日欠欠勤を繰り返した。

これが業界未経験者には想像しにくい、デリヘル経営の本質的な難しさだ。キャストは個人事業主として業務委託契約を結ぶことがほとんどで、出勤はあくまで「任意」。シフトを組んでも、当日の気分や体調で穴が空く。そして穴が空くと、せっかくの入電を「ご案内できるキャストがおりません」と断ることになる。

断った客は、二度と電話をかけてこない。

中村は数えた。開業二週間で、キャスト不足を理由に断った問い合わせは十四件。六十分コースの平均単価一万八千円で計算すると、逃した売上は約二十五万円。実際に取れた売上は約三十八万円。つまり、本来なら六十三万円の売上が見込めたのに、四割を取りこぼしていた。

これは広告の問題ではない。人の問題だ。

最初の一カ月で学んだ三つのこと

開業から三十日が経った。

九月の最終日、中村は事務所で一カ月分の数字をまとめた。

総売上:百十二万円。店の取り分:約六十七万円。固定費:約七十万円。差し引き:マイナス三万円。

赤字だった。だが、中村の表情は暗くなかった。最初の三日間の絶望を思えば、ここまで来たこと自体が奇跡に近い。

中村がこの一カ月で学んだことを、三つにまとめる。

一つ目、集客は設計であって運ではない。ポータルサイトの仕組みを理解し、上位オプションと写メ日記を組み合わせることで、入電は確実に増える。何もしなければ、七十二店舗中六十八番目のまま誰にも見つけてもらえない。

二つ目、キャストの出勤管理がすべてのボトルネックになる。どれだけ入電があっても、案内できるキャストがいなければ売上はゼロだ。五人の在籍で安定出勤は二人。最低でも常時三人が出勤できる体制を作らなければ、広告費が無駄になる。

三つ目、資金繰りは「あと何日持つか」で考える。月次で黒字か赤字かを見るのではなく、今の現金残高と日々のランニングコストから「あと何日営業を続けられるか」を毎日計算する。この一カ月の消費ペースでいけば、残り百万円の運転資金は約四予算日分。十一月中旬にはゲームオーバーだ。

もう一つの電話が鳴った

九月三十日の深夜、事務所の片づけをしていた中村の携帯が鳴った。

表示された名前は「佐伯ちひろ」──源氏名「れな」だ。

「中村さん、ちょっと話があるんですけど。」

開業初日に最初の客を取ってくれた、そして写メ日記を毎日二回欠かさず投稿し、この一カ月の売上の四割以上を一人で稼いでくれたエースキャストだ。

「実は、先月からちょっと体調が悪くて。来月から出勤日を減らしたいんです。週五から週三にしたいんですけど、大丈夫ですか。」

中村は、一瞬息が止まった。

れなの出勤が減れば、今の売上は三割以上落ちる。まだ黒字にすらなっていない状態で、エースの稼働減はシンプルに死活問題だ。

「分かった。体調が一番大事だから、来月は週三で大丈夫。ただ、出勤の日は今まで通り写メ日記お願いしてもいい?」

電話を切った後、中村はしばらく天井を見上げていた。

飲食店は食材が逃げない。しかし、デリヘルの最大の「商品」は人間であり、人間には意思がある。辞めたいと言えば止められないし、体調を崩せば休むしかない。経営者の意志では動かせない変数が、事業の根幹に横たわっている。

これが、中村が開業最初の一カ月で最も痛感した現実だった。

事務所のデスクに残した受付ノートをめくる。九月一日の最初の一行が目に入った。

「九月一日。第一号。六十分コース。16:40 発。」

あの手の震えを、中村は覚えている。何も分からないまま始めた一カ月。電話は鳴らず、金は消え、女の子は来ない。だが、この業界で食っていくと決めた以上、十月も走り続けるしかない。

中村は新しいノートを取り出し、表紙に「十月」と書いた。

翌朝、また電話の前に座る。

次回予告
第2回「『辞めます』の一言で店が止まる ─ エース嬢が突然消えた夜」へ続く